本エントリは闇 Advent Calendar 2013の5日目となります。

4日目は@seri_kさんのエンジニアの心の闇を祓うマサカリ療法でした。

マサカリにぶつかりに行く勇気

動機

DayOneってサービスがあって、それのMacのアプリケーションがあるんだけど、メモアプリってか日記アプリってか、とにかく自分の考えを書いてったりする日記みたいなアプリなんだけど、そのアプリが定期的に「今どんな感じ?」て聞いてくる通知の設定があって、その通知があったらとりあえず今の現状や考えを書き出してみるようにしてるんだけど、そのまとまりがなんだか長くなったのでインターネッツにアウトプットしてみようと。 どこかに漂っていた物を固めてみたら闇が出来たとかそんな感じ。

DayOneの文章

なんだろうか
人の考えがものすごく馬鹿に見えてくる。良くない兆候。

なんでそんな事考えるのか。
間違っている事をしようとしているからか。
あんだけなんだかんだ考えている風をだしているのに実際には考えていないということが丸わかりだからか。
たとえ間違っている事が解ったとしてもそれは言えば良い事である。でも言わない。あきらめが有るからか。どうでもいいと感じているんだな。なにも改善をしようとしないのでただ人のせいにすれば良いと、それで解決してしまえば良いと思っている。

その間違っている人を正す努力をすればいいが、それをする事による報酬が無いのが問題なのか。正す努力が果てしなく、凄まじく労力を使うだろう事を予測されているにも関わらず、その後に何が残るのか、自己満足のみで終わってしまう可能性が高い。
プロジェクトの改善を見込めるが、改善をして自分自身にとってどんなメリットがあるのか。自己満足ぐらいしかないので、改善をしようと思わなくなっている。

解説

ぎょーむでの1こま。ちょっと曖昧にするためにぼかしてる表現に変えたところあるけど概ねこんな感じ。 自分は一人のプログラマ、上流行程があって下流行程があって、自分は下流行程に位置しているプログラマ。

正社員としておちんぎんを貰っているので、会社への利益や価値を、少ないコストで、提供することを考えているため、改善をすべきという考え。 なのだが、改善をしようと思わなくなってるのなんでだろうなと。

プロジェクト

プロジェクトがうまくいくのは良い事だけども、うまく行くプロジェクトとは様々であり、社内的な親密度あがったり、社会への貢献度だったり、金銭面の利益をあげれたり、プロジェクトの人員のスキルあがったり、人員の満足度を満たしたり。

で、今の自分のプロジェクトは建前上「金銭面の利益」を求めてはいるけども、「人員の満足度を満たす」という事で成功はしている。

満足度がどんな満足度かと言えば「働いてる感を得る」と表現すれば適切だろうか。成果物主義ではないとも表現出来る。

だってあの人たちは「楽しそう」だから。

楽しそう

あんだけ打ち合わせだったり意思の疎通をしたにも関わらず、全くの無駄だったとしか思えない指示が出て来た時の無力感。

この指示のやり方で「人員の満足度を満たす」という事は達成出来そうだ。「打ち合わせして時間とって決めたもんね、俺よくやったはー頑張ったはー、あー疲れたー」って感じ。だけど成果物としての「生産的」ではない。こんなやり方で、本当に正しいのか?僕が、間違っているのか?

「楽しそう」な人たちに向かって「いや、あんた達は間違っている」とかなんとか言ってその人たちの「楽しい」という気持ちに邪魔をする事は本当に正しい事なのか?業務では効率を高めて少ないコストで最大の生産物を作り出す事は正しい事だが、仕事の正しさを全うするのが、絶対的に正しい事と言えるのか? 人の「楽しみ」を奪う事は本当に正しい事なのか?

「働いている人員の満足度」としてみれば「生産的」な行為にはなるのではないか?それは働く事による、会社への、価値となるのかも知れない。

最後に

本記事の内容とは関係なく、一部のコミュニティー内での承認欲求を満たすたやすさは半端じゃなく簡単だなと思う今日この頃。知り合いだからほいほいイイネしたりスター付けたりしてそれって生産的なの?否定とかした方が生産的じゃないの?良いと感じたエネルギーとかないの? とまとまりの無い、誰に向けた訳でもない反吐のようなものを感じる。 自分でも意味が解っていない。なにか、簡単すぎるなと思い、何かがおかしいと感じる。 これも闇か

次回

次回の担当者は@STAR_ZEROさんです。